青空の下で

かけがえのない今日という日々

旅路

全身の血液がどくどくと熱して、炎上する。数拍前に知らなかった感覚、世界の色が全く違う。そのような体験があるように僕は想っている。
実際には少しずつ確実に形容は変化して、知らず知らず僕は全く違うものになるって怖い話なんだよ。
一瞬で変わる世界観で見つめればそれは本当に底の浅い感知だけれど、達成されなかったことを告げる言葉の一つ一つがいつまでも僕の頭で轟いている。
世の中案外スッキリしてる。どれだけ嫌や無理やって思っても良いものは良くて、駄目なものは駄目。事実をふまえて争うことはできるが、事実を揺るがすことはできない。
僕はそのことに苦しんだ。認めたくなくても変える力がなかった。
僕は僕らしくあるために、僕は変える力を身につけていくことが使命だ。
その途中で出逢う障害物と対話していくこと。本当に諦めたり、違うなって思わない限り続けること。
僕自身の力が足りなくて、発せられる誰かの残念な君だねって言葉。今の僕が力なき幼子ではなく思慮のある大人として向き合い、改善して認められるようになるにはどうすればいいのか。幼子のように泣き喚いて、暴れて改革されるならばいうべきもない。僕の中にはそのようにして解決できたならば楽だったのにという気持ちがある。しかし、そんなことでは変わらない。人は明日へと進んでいかなければならない。進んでいきたい。
出来るのであればただ空をぼーと眺めて、ぼんやりと暮らせれば一番いい。しかしそれではどうやら僕が今まで生きてきた中で抱えてきた問題に対する答えは導き出せないようなのだ。最初から簡単に答えを導ける才に恵まれていたならば。其れは根本的な原始の願い。叶わないからこそ、今の僕が代わりに動くのだ。
文章の流れでこの瞬間の絶対的な導きで書くわけではないので、今後同じことを書く場合、大まかな位置は同じでも詳細は大きく違うことになりそうだが、敢えて書いておく。私は今、表現する場所にいる大きな理由は僕という生命に宿る感情が世界に知られることないまま、費やし滅して欲しくない。僕という才能を世界という大きく掴みどころのない河に一石投じ、特異なメロディーを有した河として目を麗して感じたいんだ(一体なにを書いているのか自分でもわからない)。
船が出る前、出るとき、航海中、航海後。そのときによって感慨は違う。今の僕は少しずつ旅への準備を終えて旅立とうする船員の一人だ。自分はこれから先色々と思い、感じるだろう。僕は思っている以上も以下とも出逢うだろう。そのために粛々と生きている。

 

 

〈今日の一枚〉

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一週間前の美しい空。

美的なものは尖りすぎず錆びすぎず程よく僕の前に現れた証拠。
世界の色がみんなにとってより良いものに染まったとき、それぞれの胸の中で何が咲いているんだろうか。
そして、今目の前の世界は本当のところ、自分の胸の中でどのように咲いてきたのか。
本当のところはいつだってわからない。
よりよく、ほどよく理解できたならば其れが一番いいな。
美しく、やさしく、心地よく。
今までだって願おうと思ったじゃないか。